思い出は行間にある

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いつも寝る前にパソコンで何を聞きながら寝ようかと迷っている。
音楽だとうるさいし、物語があるオーディオブックだと世界に没入して聞き入ってしまう。

ゲーム実況だとゲーム音楽がうるさいし、ラジオも内容が気になってしまう。
森の音とか水の音でも寝れるけど、起きてる間中はずっと何かに触れていたいので結局
メタルギアソリッドの無線を寝る前のBGMとしてヘビーローテーションしてしまう。
これなら話しと話しの間に脈絡があまりないので、どこから聞いても大丈夫。

昨日聞きながらはっとした台詞があったので、ぜひご紹介したい。

状況はメイリンとスネークの二人のセーブでの無線だ。

 

 

メイ・リン:
私との思い出もセーブしておいてね。

スネーク:
思いでは、君の自慢のシステムでも記録できない。
デジタルに変換され、バーストした時には消去されている。

メイ・リン:
大丈夫。私のシステムは一言一句逃さないわ。

スネーク:
思い出は言葉や映像じゃない。活字で言うところの行間にあるものだ。

メイ・リン:
わからないわ。デジタルに出来ないことなんてない。

スネーク:
じゃあ、今俺が思ってることを記録できるか?

メイ・リン:
そんなの記録できないわ。言葉にしないと・・・・。

スネーク:
そうだ、それが思い出だ

メイ・リン:
わからないわ。

スネーク:
いくら情報収集技術が進もうと、人の心は傍受はできない。

メイ・リン:
いつか、できるわ。

スネーク:
それにはまず人の気持ちを理解することだ。メイ・リン。

メイ・リン:
理解、どうしたらいいの?

スネーク:
誰かを好きになることだ。

 

以上。

なんかノスタルジーな会話で僕は結構好きだ。
特にこの思い出は言葉や映像じゃない。活字で言うところの行間にあるものだ。
という台詞がよくて、僕が小説とか映画とかを見た後に感じる寂しさとか喜びとかの出所は
この行間を自分で想像して味わってる時間なんじゃないかと思った。

その時の感情を思い出すことが「思い出」ということを表した素晴らしい会話のような気がする。
この会話では比喩で行間って言葉を使ってるけど、活字だって「思い出」を記録できないんだから。

関係ないけど、メイ・リンなんで国籍中国なのに政府の仕事できてるんだ?

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