ロゴ作ってもらった


前に自分でデザインしたらくがきが妙に目立つのでアイコンにもってこいだなと思いデザイナーさんに安く見やすくデザインし直してもらった。

元のらくがきデザイン↓




下のが第一稿。

この段階で大分気に入ってたというか、これでもいいんだけど
念のため他のも見たいので少し修正してもらい。

というデザインになった。
満足満足。

早速ツイッターのアイコンにしてみたら




とにかく見やすくていい。
前はアルバムのジャケットをアイコンにしてたけど
それより遥かにいいね。

Giraffe “Unperson”

新曲投稿しました。
オーディオを表示させるだけで大分様になるPVができますね。
もっと時間かければ細かい表現のものもできるかもしれません。

二曲上げてみました。

Youtubeのアルゴリズム的に動画の数が多いと徐々にYoutube内の評価が高まり
視聴者に見てもらいやすくなるそうです。

理想は動画を上げまくることなのですが、いかんせん歌ものを二日や三日で仕上げるのは不可能

なので

2分~3分のインスト曲をコンスタンスに上げることに決めました。

 

これからコンテンツは

・歌もの(メイン)
・インスト(期限付きで投稿)

みたいな形にすると思います。

 

早速作ってみましたが、思ったよりもマスタリングに時間を使ってしまったので
こういう試みをしておくとミキシングとマスタリングの練習になって相乗効果が期待できそうですね。

 

こちらの曲は
https://giraffemusic.bandcamp.com/track/to-yourself

で購入できるので、ぜひ買ってください。

 

 

こっちの曲が今日上げた曲でこちらはYoutubeのみの配信です。

 

思い出は行間にある

いつも寝る前にパソコンで何を聞きながら寝ようかと迷っている。
音楽だとうるさいし、物語があるオーディオブックだと世界に没入して聞き入ってしまう。

ゲーム実況だとゲーム音楽がうるさいし、ラジオも内容が気になってしまう。
森の音とか水の音でも寝れるけど、起きてる間中はずっと何かに触れていたいので結局
メタルギアソリッドの無線を寝る前のBGMとしてヘビーローテーションしてしまう。
これなら話しと話しの間に脈絡があまりないので、どこから聞いても大丈夫。

昨日聞きながらはっとした台詞があったので、ぜひご紹介したい。

状況はメイリンとスネークの二人のセーブでの無線だ。

 

 

メイ・リン:
私との思い出もセーブしておいてね。

スネーク:
思いでは、君の自慢のシステムでも記録できない。
デジタルに変換され、バーストした時には消去されている。

メイ・リン:
大丈夫。私のシステムは一言一句逃さないわ。

スネーク:
思い出は言葉や映像じゃない。活字で言うところの行間にあるものだ。

メイ・リン:
わからないわ。デジタルに出来ないことなんてない。

スネーク:
じゃあ、今俺が思ってることを記録できるか?

メイ・リン:
そんなの記録できないわ。言葉にしないと・・・・。

スネーク:
そうだ、それが思い出だ

メイ・リン:
わからないわ。

スネーク:
いくら情報収集技術が進もうと、人の心は傍受はできない。

メイ・リン:
いつか、できるわ。

スネーク:
それにはまず人の気持ちを理解することだ。メイ・リン。

メイ・リン:
理解、どうしたらいいの?

スネーク:
誰かを好きになることだ。

 

以上。

なんかノスタルジーな会話で僕は結構好きだ。
特にこの思い出は言葉や映像じゃない。活字で言うところの行間にあるものだ。
という台詞がよくて、僕が小説とか映画とかを見た後に感じる寂しさとか喜びとかの出所は
この行間を自分で想像して味わってる時間なんじゃないかと思った。

その時の感情を思い出すことが「思い出」ということを表した素晴らしい会話のような気がする。
この会話では比喩で行間って言葉を使ってるけど、活字だって「思い出」を記録できないんだから。

関係ないけど、メイ・リンなんで国籍中国なのに政府の仕事できてるんだ?

ヨブ記

小さい頃に近くに教会があって、無神論者なのに友達と遊びたいという理由だけで毎週日曜日教会に通っていた。
ぶっちゃけ旧約聖書のぶっ飛びた話しは子供ながら面白かったけど、キリストが出てきた辺りでなんか面白くなくなってしまった。
漫画でいうと、最高の悪役が引っ込んで別のどうでもいい悪役が活躍し始めるというなんともカルピスを甘くなくなるまで薄めたジャンプ的な展開に、子供ながら思ったものだ。
新約聖書の展開にはエンターテイメント性が足りない!

すっかり飽きて先生の話なんかほっといて絵を書いたり、ヨブ記を読み返したり、友達とふざけたり、ヨブ記を読み返したりしてた。
ヨブ記は本当に面白い。神=自然という定義付けしないとこんな風にはならないだろっていう一大スペクタクルだ。
神様はヨブの信仰心を試すために、悪魔に

「あいつの信仰心は本物だからキツイことをなんでもしてみろ」

と、悪魔をけしかけ、家畜は死ぬ、奥さんは出て行く、召使いは夜盗に殺される、子供は家の下敷きになるわでもう大変。
しかし、それでもヨブは神様への信仰心を捨てることはなかった。

それを見た悪魔に神は一言ドヤ顔で

「ほらな」

というなんという神々の遊びw
旧約聖書はこういう人に降りかかる理不尽をかしこまって書いてあるから余計面白いのでぜひ一回くらい読んで見てください。

小屋づくり

先日母の家に泊まった時の朝。
10時くらいに叩き起こされて

「さぁ、小屋を作るぞ」

と母に言われ、寝ぼけ眼で外に出ると組みかの鉄でできた棒が置いてあり
これで農作業用の道具のビニール小屋を作るらしい、
と、早速何組か合体させて枠組みを作ろうと二人でせっせと鉄棒を運んで長さを測ると

「でかいな」

と母、まさか
まさかまさか、

そう、完全にノープランだったのだ。
折角持ってきた鉄棒は即いらないものになったので庭の端へ。

代わりに庭の端に置いてあった木材の廃材でインスタント小屋を作ることに、
何個か組み合わせて試行錯誤、気がついたらさっきまで12時だったのにもう15時だよ。
時が経つのは早いものだ。
やっとのおもいで出来た、今にも倒れそうで、見事な掘っ立て小屋はトリックアートかと思うくらい歪んでいた。
うーん、今まで建築というものにそれほど関心はなかったのだけど、実際やってみると結構たのしい。

石作りの家とか結構好きなんだけど、あんなもんやり始めたらキリがないので
いつかこの規模の掘っ立て小屋をまた作りたいものだ。

今回この掘っ立て小屋を作ってて思い出したことが一つある。
たしか幼稚園の時の遠足で、友達と遊んびながら歩いていたら
一軒の掘っ立て小屋があった。それは薪を一時的に置いておくものだったのだが
その小屋もまたボロい。とにかくボロい。

友達はキャッキャしながらその小屋の柱をなぜか蹴って遊んでいて
ガシャーんと音がした時にはもう遅かった。
小屋は崩壊、薪は散乱、友達は目の前で起きた事件が把握できず泣き喚き。
後ろにいたその子の親からは怒号が飛び交い。
でかい音にびっくりした小屋の持ち主は、自分のボロい小屋が更にボロくなってるとこに気づきこれまた怒号。

平和で飽食な日本で暮らしている子供では中々味わえない地獄絵図っぷりに
僕も子供ながら

「ああ、いくらボロい小屋でも勝手に破壊しちゃいけないんだな」

と、身を削って教えてくれた友達に感謝するのであった。